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プロフィール

花との出会い

「辞めさせてください」と区役所税務課税務係の係長に言った日、帰りにとりあえず『ケイコとマナブ』を買い就職あっせんのスクールを探した。

それがフラワーアートスクールだった。翌日その学校の受付にいき「何もできない私ですができるようになるのでしょうか?」と聞く私にその先生は「できます」ときっぱり言った。

「ここしかない!」何もしらない私はその学校に入ってはじめてウェディングブーケが花屋さんでつくられることを知ったのだ。

初めての花屋

3ヶ月後驚くような縁を感じながらお花屋さんに転職を果たした。区役所を退所する日同じフロアーにいた250人もの人が立ち上がり拍手をしておくりだしてくれた。花束をくれた係の人や同期の子。「後ろはふりむくな」といってくれた先輩。お花やさんとして成功しなくちゃ。あの時の拍手、きっとみんなは忘れてるかもしれないけど今でも私の大きな力になっている。

そしてたった3カ月で花束、アレンジはもちろん活け込みの花、ウェデイングブーケ、スタンド花たくさんの仕事をそこで教えてもらった。そして「転職して天職とであえたね」と言ってもらえた。今考えると3か月でそこまで教えてもらえるなんてありえない。まあたいしてこだわりもないお店だったんだなあ。48人ほどいる大きな花屋さんでけんかしたりかと思うとくっつきあったり。生花部の部長の池田さんは「花はいいよー」が口癖で花をアレンジする自由さ無限さ、純粋に「この花きれい」と表現することを教えてもらった。そこが私の花との関係の原点。

この私が花束ができブーケもつくれる。そのうれしさでいっぱいだった。帰りの電車で「神様ありがとう!私にこの仕事を与えてくれて」と手をあわせる毎日。旅行でもいこうもんならすぐフローリストナイフをさわりたくてしかたない。

花の力

生きていればいろんなことがあるけどつらい時は花が声をかけてくれた。本当に!ある時窓もあいてないのに風が吹き「大丈夫。心配しないで」って声がきこえることがあった。

間違いない。気のせいでなく花に助けられてきた。私はもっともっと花の声が聞きたくて、その声を誰かに伝えたくて、恩返しがしたくて、この仕事をしたいと思ってる。

プロだましい

今度は店売り中心のお店にうつった。ここのスタッフはみんながセンスがよくめっちゃくっちゃ魅力的な人ばかりだった。「先生(オーナー)は人をみる目があるよね」と自分たちでいっていた。私もそのスタッフのひとりでいることがうれしくてしかたがなかった。

そこではもしその日ちょっとうりあげがあがってないようならすぐ先生に「集まって!こんなことでどうするの。気合いいれていくわよー」と活を入れられた。すると「お客さん、いったいいつ家をでたの?突然妻の誕生日に花あげたくなったの?」と???不思議不思議くるんです。お客様が。

「あなたたちはプロ。フローリストとしてプロの仕事をする」を徹底的に教えられた。他の店から「店長としてうちの店にきて欲しい」という要請をうけこの店をやめることになった私に「あなたは花屋になるため生まれてきた。そしてあなたは花と会話している。」先生がいってくれた言葉今でも私の誇りです。

すべてをかけた店

「あなたが誠実だから私も誠実でいます。」という社長の言葉に涙がでそうになるほど感動して私はこの店の日暮里店の店長をひきうけた。はじめは「花束できますか?」と聞かれてしまうような店だったが、おもしろいくらいぐんぐん売上げがあがった。

売上げがあがる度に電話をいれてもらい、冷蔵庫を買ってもらい、ご褒美に食事につれていってもらった。朝4時におき社長について市場にいき”せり”も教えてもらった。お客さんが何を求めているか店の子たちがどんな花がはいっていると喜ぶかやる気になるかたくさん社長と話した。とにかくよく働いた。そして店の子たちもよく働いた。よく私についてきてくれた。

この店は谷中霊園の入り口にありお彼岸お盆は何万人という人がごった返す。私たちスタッフにはお祭りのような同窓会のようなものだった。臨時に手伝ってくれる子たちは普段ほかの仕事をしてたり学生だったり。おもしろいからと友達や彼氏彼女をつれてきてくれた。私はまるで自分の子供のようにかわいくてしょうがなかった。何人もそこからほんとに花屋さんになった子がいる。うれしいことに私のようなフローリストになりたいといってくれたり、どこの店にいっても基本は日暮里店ですといってくれたり。お客様にもたくさん愛された。ただ私たちの顔をみにきてくれる。私はこの店とここに住む人が大好きだった。

同時に本店ではフィギュアスケートの仕事が一年に数回あった。全国いろんなところにいきフィギュアスケートNHK杯の会場装飾をし、投げ束をうった。一番思い出深いのは長野オリンピック。一軒家を3週間かり、住み込みでせっせと花をつくった。いろんな仕事を経験させていただいた。トラブルがおきることもあるが、そこでどうスピーディに対処するか?それがまたおもしろい。

自分の持てる力すべてだしきって仕事に打ち込んだ。その後結婚し、出産した時、楽しんでゆったりした子育てをできたのは仕事にうちこんだ経験も役にたっていた気がする。

Mini花

ある時息子に「おかあさん将来自分でお花屋さんひらきたいんだ。お店の名前何がいいかな?」「みにか!」間髪いれず即答だった。「いい!」息子も私もおちびちゃんだった。

お店を自分でするなら小さい店にしたいと思っていた。また人のために何か役立ちたい。けれど人にできることといったらほんの小さなこと。

そんな想いがあった。だからMiniサイズのMiniに、か=花。Mini花できまり!

独立

長年つとめた日暮里店もみんながそれぞれの道をいく時がきてしまった。駅改修がきっかけとして店舗もなくなった。私は本店でブライダル担当をしていた。はじめの花屋から何百件のブライダル、何百個のブーケをつくってきただろう。ブライダルの仕事もこれまた大好きだ。でも区役所をやめた時と同じ感覚でまた別の人生が開いていくのを感じ、退職を決意した。

フラワーショップMini花オープン

数年の間自宅を拠点に、アレンジやブライダルの注文やフラワーエッセンスの個人セッションを行っていた。しかし2014年8月おわりから突然、まるでラフティングにのって川を流れるように私の人生が動き出した。そして2014年10月20日フラワーショップMini花オープン。

花へ、人への想い

「花が好き」といえるようになったのはごく最近だ。仕事の中で乱暴にあつかってしまうことも多く「好き」っていうのもなんか申し訳なかった。でもどうやらやっぱり好き。そして人間が大好き。花と人をつなぐためになにか私にできることがあるかもしれない。

人は生きていく中でいろんなことがある。ちょっと憂鬱、すごく悲しい、ちょっと寂しい。また許せないと思うことも。そんな苦しい時助けたがっている存在はたくさんあると思う。家族や友人、恋人、太陽、月、海、山……その中の一つとして花もある。私はその花の力を感じてもらえるようなお花をお届けしたいと思ってる。


長い文を最後までお読みいただきありがとうございました。
感謝しております。

なおこの文章は2014年に書いたものです